介護の目的が「日常生活や社会活動などの援助」などだとすれば、傾聴は必要ないのかもしれません。実際に介護の現場を見ると「食事」「お風呂」などを中心にスタッフがバタバタと忙しそうにしている姿が目に付きます。介護の目的が「幸せな生活のための援助」ならば傾聴は欠かせないスキルです。

目次
1.遠慮してしまって言えない
2.援助には心は含まれるか?
3.傾聴が心の隙間を埋める
4.介護現場での傾聴のコツ
5.禁止しないといけない場面の対応
6.認知症の人への傾聴


1.被介護者は遠慮してしまって言えない

ある老人ホームでのこと。入居者さんの傾聴の中から出てくるのが「介護スタッフのみなさんが忙しそうなので声をかけられない」という言葉でした。入居しているおじいちゃん、おばあちゃんはスタッフの人に感謝しています。一生懸命に少ない人数でやってくれているのだから、わがままを言ってはいけないと我慢をしています。

しかし、言わないからといって、やりたいことや嫌なことがないわけでもないのです。「外出したい」多くの入居者がそう言います。老人ホームの多くは立派な内装で快適そうな建物でできています。でも、そこからでることは簡単ではないのです。

 


2.援助には心は含まれるか?

「日常生活の援助」をするとは「食事」が食べられれば良いことを指すのでしょうか?それとも「楽しい食事」「美味しい食事」を食べることを指すのでしょうか?料理をすることでストレス解消をしたり、自己表現をしたり、気持ちを整えている人は少なくありません。でも、老人ホームで入居者が料理を作るためには大変な許可が必要です。結果として、作られたものをただ食べるしかなくなります。

主体的にすることがないことは安全かもしれません。が、一方で生きがいや心の健全さを損なってしまいます。料理に限らず、自分で何かをする機会を奪わないようにすることが心の援助をするためには欠かせないのです。

介護のゴールは看取り
私は介護施設で支援相談員の仕事をしています。入所している高齢者は様々な疾患や、老衰により亡くなられます。状態に変化があると医師より家族に病状説明、状態説明を行います。家族は医師の話を聞き、とても不安に感じ、涙される方がほとんどです。また医師の説明にその時は理解したような返答をするのですが、なかなか実際は気が動転しており、理解できていない方も多いです。
たった1人の家族が看取りされる事で何とか悔いのないように最期を迎えて頂きたいという思いで家族の思いをゆっくり傾聴しました。家族は医師の説明は理解できておらず、医師の説明をわかりやすく再度説明します。また、家族から親にこのように育ててくれた、若い頃はどんな事が好きで等色々な話を聞く事ができます。
そのような話を聞いて例えばまだ病状が安定している方は家族みんなで最後に外食に行かれたり、好きな場所に行かれたり、自宅に戻ってゆっくり過ごされたりと家族は悔いのないように最期の時間を過ごす方が多くなり、傾聴してアドバイスをさせて頂く事により、寄り添う看取りを家族みんなでする事ができました。ゆっくりと家族の思いを傾聴する事により、その方の最期を悔いのない生活にする事ができ、傾聴し、一人ひとりの命の大切さをみんなでサポートする事は大切だと感じました。

 


3.傾聴が介護現場の心の隙間を埋める

傾聴は話し手が中心となる話の仕方です。つまり、老人ホームにおいてはおじいちゃん、おばあちゃんが話をする役割です。自分で話題を考え、思い出し、話を組み立て、相手に伝える。その過程で話し手であるおじいちゃん、おばあちゃんは主体性を取り戻します。そして、その作り上げた話が相手に共感される。受け止めてもらえる。心が癒される瞬間です。

人はただカロリーをとっていれば生きているのではないと思います。

生きがい、存在価値、役割、喜びそういうものが人の存在を支えています。傾聴は「話を聴く」というプロセスを通して、その人の役割を作り、主体性を育み、自分の存在価値を再確認することでもあります。

関わりが増えると意欲が湧く
介護施設を利用されている方で、最初は他人に心を開くことがなく、いつも一人で過ごされている方だったのですが、ある日、私と二人きりになる時がありました。良い機会だったので、世間話から入って、自分の故郷の話や家族などの話をしていたら、向こうからもポツリポツリと話始めてきました。声が小さくて聞き取ることが困難でしたが、近くに寄り添い、相手の話を傾聴していくうちに、最初は無表情に近かったのが、徐々に笑顔を見せるようになりました。それからは少しずつですが、他の高齢者が行っている活動に誘うと参加するようになり、会話も増えてきました。
他者との関わりが増えていくに従い、積極性も出て意欲的に活動に参加するようになってきました。
初めて会ったときは表情も固く、体の動きも緩慢でしたが、他者との関わりが増えて、会話の機会が増えていくに連れて、表情も豊かになり、歩行状態も安定しています。何よりよく体を動かすようになったためか、体調を崩して風邪を引いたりすることも少なくなっています。相手の話を傾聴することで、その人の意欲を引き出し、精神面だけでなく身体面も活性して生活そのものが改善されたのがすごく良かった。

 


4.介護現場での傾聴のコツ

傾聴は「話を聴くこと」と定義されますが、大事なポイントがあります。特に介護現場では相手の主体性を引き出し、喜びを感じ、自分の存在価値を実感できる関わりであると言えます。

ただ、「あいづち」「うなづき」などをすれば良いのではなく、傾聴が終わった時に話し手のおじいちゃんやおばあちゃんが「ああ、理解してもらえた。話をしてよかったな。大事にしてもらえたな。」と感じるようにすることが大事です。警察の事情聴取では傾聴よりもより細かく正確な情報を集められるかもしれませんが、「理解してもらえてよかった」とはなりません。介護における傾聴は「心の援助」でもあるわけですからその意図にそったやり方が重要になります。

 

 

認知症の祖父にビクビク
私の祖父は軽い認知症です。
私は祖父の話を聞くときにいつもビクビクしていました。忘れてしまったことを質問して、祖父を傷つけたらと思うからです。私が変な質問をして、祖父がそのことを忘れてしまったという不安そうな顔をするのがとても怖かった。。間違った質問や祖父が不安がる返事をしないようにとばかりしていて、いつしか気持ちに目を向けられなくなっていました。ギクシャクした私の様子に反応したのか、苦笑いをしたことがあります。ある日、祖父が働いていた時の話をしてくれました。仕事を始めたばかりの私はその話を喜んで、満面の笑みで答えました。その時に祖父の心と繋がれた感覚になりました!正しく返すよりも、祖父が何を訴えたくて、どんな気持ちで話しているか、にあわせて笑顔や真剣な顔で返したらそれだけで良いんだなと思いました。

 


5.禁止しないといけない場面の対応

介護施設で傾聴をしていると「それはできないんですよ!」と言わざるを得ない会話になってしまうことがあります。「そうですね!いいですね!」とだけ言っていると期待されてしまいます。

禁止事項を言う時には2つポイントがあります。

1)真意を汲み取る

傾聴を十分にすると表面的な行動の裏側に隠れている意図や価値観、思いがあることがわかります。いろいろと要求をしてくるけれど「要するに」これなんだな。という真意を汲み取ることが大事です。

2)これならできますよ

「それはできません」ではなく「これならできます」という言い方を心がけるようにするとうまくいきます。「できません」というのは道をただ閉ざすだけで、「代わりのアイディアを自分で考えてください」と言う意味です。「これならできますよ」と相手の真意にそった代替案を提示することで、コミュニケーションがよりスムーズに流れます。

 


6.認知症の人への傾聴

認知症の人の場合、何度も繰り返し同じ話をする場合がありますね。その時に「情報」の方に目がいっていると「既に知っている情報だ」と解釈して、話し手の自尊心を傷つけてしまうような受け答えになりがちです。介護の目的に心の援助が含まれるとしたら、それは本末転倒です。

1)認知症の人の主観で

何回めだとしても本人にとっては1回目の話です。「5回目ですよ」のような反応をするのではなく、「ああ、話をしてよかった」と思えるような受け答えが大事です。2回目、3回目と回を重ねるごとにその人が言いたいことがわかってくるので、リアクションも変えることができます。1回目より2回目の方がよりしっかりと感情を受け止めて傾聴ができるはずです。5回目ならなおさらですね。

2)誤りに合わせて

認知症になると記憶が曖昧になったり、思い込みで間違った情報について話をすることもあります。傾聴において重要なのは「情報」ではなく「気持ち」です。子どもが「仮面ライダーって、◯◯なんだよ」と言った時に「仮面ライダーなんて実在しません!」と事実を突きつけても意味がありませんね。「そっか、かっこいいね!」が正しいこともあります。正確な情報ではなく、気持ちに反応するように注意してください。

3)思い出すことが有効

介護において、「過去の思い出」「武勇伝」を思い出して語ってもらうことは心の援助をする意味でも非常に効果があります。人は昔を思い出して話をしている時にはその時間軸の自分になりきっています。そうなると心身が活性化して、みるみる目が輝いてくることもよくあります。認知症の人が昔の話をし始めたら事実かどうかに関わらず、気持ちを込めて話ができるように傾聴できると症状の改善なることすらあります。

 


<傾聴で介護現場を変える試み>

人は理解されると力が出てきます。
人は理解されると自発性が出てきます。

現場のスタッフや利用者さん・入居者さんがみずからの力を出し始めると介護現場は大きく変わります。傾聴とはただ人の話を聞く技術ではありません。人と人の心をつなぎ、理解し合うことを助け、その人本来の力を取り戻す手伝いをすることでもあります。本格的に学んでみたい方は是非、通信講座を受けてみてください。介護の世界観が傾聴によって変わります。